2009年11月29日日曜日

覚えやすいアラビア語

今朝、イタリア人の相方が
「肌荒れ」を日本語で何と言うか訊いてきました。


ペッペ:「ほら、あれ、なんていうの?」

なみ:「『カサカサ』だよ」

ペッペ:「そうそう、カサカ……えっ?(怪訝な顔)



ごめんなさい。「肌荒れ」です(笑)。




ちなみにエルサレムの宿で
バックパッカー相手にボランティアしてた頃、
外国人に人気の日本語は
「ソーソーソーソー」(頭を上下にカクカクさせながら)
でした。
日本人が集うと連発するこの言葉、
覚えやすくて面白い響きらしいです。



それはそうと、反復語みたいな言葉って
日本語に限らずあるんですねぇ。
私がパレスチナに飛んで、初めて覚えた方言もその類で、



それはずばり、


「ヒスヒス」


「シブシブ」


です。

なんじゃいな、と思われそうですが、
「ヒスヒス」は蚊のこと。
「シブシブ」はサンダルのこと。


何故だか分かりませんが、
西岸は蚊が非常に多いです。

ベープマットやかゆみ止めは必須!!!
薬局で買って下さいね~。

2009年11月25日水曜日

ゴマペーストの活躍

日本にもある「ゴマ」が、
実はパレスチナ料理では大活躍します。

どこの家庭にもあるのが、
「タヒーナ」と呼ばれるゴマペースト。
香ばしさが前に出る日本のゴマペーストとは違い、
何だか生っぽくて灰色を帯びたペーストです。




先ずこれは、タヒーナの兄弟で「ハルウェ」というお菓子。
イスラエルにもあって、「ハルヴァ」と呼ばれているらしいです。

甘さの中に、ぎゅぎゅっと詰まったゴマの風味があるお菓子で、
パンにつけて食べます。
向こうの人にとっては「お菓子」というよりも、
ジャムみたいな感覚の食品かも。


ハルウェが特に美味しい!とナミキが独断と偏見で決めているのは、
ヨルダン川西岸地区の街・ナーブルスのハルウェ。
ナーブルスはもともとお菓子のクオリティが高い(甘い)ことで有名なのですが、
旧市街を歩けばあちこちで
ハルウェやタヒーナ(ゴマペースト)を作っています。
試食もさせてくれる。


ちなみに映画「パラダイス・ナウ」の舞台はナーブルス。
「どうしてナーブルスの人たちはお茶に砂糖をいっぱい入れるの?」
と女の子が主人公に訊きますが、
まさにナーブルスっ子たちは甘いものが好きなのであります。




タヒーナを作ってる写真がどっかにあったはずなのですが、
今ちょっと見つからないので断念。


ナミキ家に来ると
エルサレムで仕入れたハルウェの試食ができます!(笑)





そして、タヒーナが欠かせないのは、
何といってもホンモス。



以前の記事でも紹介しましたが、
もともと「ひよこ豆」を指す単語である「ホンモス」は
中東料理の中でもポピュラーな逸品。


この写真の一品は、並木の相方が家のミキサーで作りました。
大雑把な作り方は、

1.水に一晩つけたひよこ豆を茹で、柔らかくする
2.つぶした1と、タヒーナを1:1くらいで混ぜる
3.水、レモン汁、にんにくなどを加えて出来上がり

といった感じ。
お店によって豆の味が強かったり酸味が強かったりと、
色々バリエーションがあるようです。
街で見かけた際にはぜひお試しを~。
日本ではあまり見かけませんが、
アメリカのスーパーには普通にあるらしいですよ!!

2009年11月9日月曜日

ミシマより有名な日本人

留学期間も半分以上が過ぎた2007年春。
たまたま知り合ったパレスチナ人ジャーナリスト・ムヒーブが
「俺はミシマが好きなんだ、
 ミシマの国から来たマイが羨ましい」
と言ったことは、
私にとってかなりの衝撃でした。

何故って、


それまでの8ヶ月間、ある例外を除き、
パレスチナ人の口から
日本の著名人の名を聞いたことが無かったからです。
うわぁ、新鮮。
トヨタやホンダ以外を知っている人がいるなんて。

(ちなみにイスラエルでは村上春樹が有名。
彼の作品が好きな気持ちも分かる気がする。)




唯一の例外、
パレスチナ人が誇らしげに「知ってるよ!」という日本人の名前、
それは、

「クズモト」




????



なみ:「誰よそれ」

彼ら:「君は同胞の名を知らないのか?!
    ありえない!」

なみ:「ほんとにそんな名前なの?」

彼ら:「そうとも! ほら、赤軍の、イスラエルに逮捕された…」




..........。





あぁ!



オカモト・コウゾウだ。



かつてイスラエルはテルアビブの空港で
銃を乱射した日本人。
パレスチナ人との連帯の名の下に、
テロを起こした日本人。


彼のおかげかどうかは知らないけれど、
イスラエル当局は今でも、
日本人の「オカモト」さんの入国審査に厳しいとの噂。



そんなオカモト・コウゾウさん、
oとeが上手く発音できないパレスチナ人の間では

「コウゾウ・オカモト」


「クズ・ウカモト」

「クズモト」

と勝手に名前が変わってしまったらしい。
自信満々に「クーズーモートー」と言い放ってくる彼らを見ていると
「誰がそんな名前を…」と切なくなってくる。


何はともあれ、
日本ではすっかり忘れ去られている彼は、
パレスチナ人にとって日本人の代表である模様。




ブルースリーの国から来たんだよね!」

と言われるのも嫌だけど、

クズモトの国から来たんだよね!」

と言われるのも微妙。


私としてはぜひ、
ここらで福山雅治あたりに有名になってもらいたいのですが、
どうしたもんかなぁ。

2009年11月7日土曜日

アラビア語方言のお話

「アラビア語喋れると、どこでも通じて便利でしょ~」


なんて言われますが、
実はアラビア語はかなり面倒な言語だと思います。
中東全域で使えるようでいて、
意外に使えないからです。


使えないその訳は、
外国人が学ぶアラビア語と。
現地で各地の人々が喋るアラビア語の「大きな差」。

例えばパレスチナ方言を喋る私は
モロッコ人の言うことがさっぱり分からず、
そこで共通語を喋ろうとすると
とても堅苦しい話し方になってしまいます。



私達がアラビア語を日本で勉強しようとする時、
初めに習うのは「フスハー」と呼ばれる正則語。
コーランや新聞、ニュースを読み聴きするための言語です。


しかし市井の人々が話す言語は「フスハー」ではなく、
「アーンミーヤ」と呼ばれる方言。
現地でも、コーランを読まなかったり学校に通わなかった人々は
フスハーを解することが難しいものと思われます。
それほど、使わない言葉なのです。

だから、フスハーをマスターしたからといって
現地の人々ときちんとコミュニケーションが取れるわけではなく、
中東各地域の諸文化を読み取るには
フスハーでは不足してしまいます。


方言も地域によってそれぞれ。
湾岸方言、シリア方言、エジプト方言、
モロッコ方言、イラク方言等があり、
更にそれぞれの中でも地域によって微妙な違いがあります。

例えて言うなら、
エジプト方言は日本の大阪弁。
(人々のノリ的にも大阪っぽい。)
モロッコ方言はシリア方言話者にも分からなかったりするので
琉球語といったところ?

シリア方言は雰囲気的に京都弁っぽいですが、
大阪弁であるエジプト方言とはかなり違います。
イラク、湾岸はベドウィン系。何弁に例えればいいんだろう?



パレスチナ方言を喋る私は、
シリア方言カテゴリに属しつつも
「田舎者だね~」的な雰囲気の喋り方であるようです。

そんな私の言語歴はというと、


東京外国語大学でフスハーを3年(落ちこぼれ)

パレスチナに渡航

フスハーを喋っても通じず、
相手の喋ってることが分からず、
買い物をするにも困る

パレスチナ方言の日常会話を何とか習得

エジプトに行ったら周りの言ってることがサッパリ

シリアに行ってもたまに単語が分からない

帰国後、フスハーの授業でを取る


といった感じ。
という訳で、
どこでもアラビア語が喋れる人材になるためには、
フスハーをきっちり学んだ上で
方言を幾つか学び、その構造を理解する必要がありそうです。

何せ、方言それぞれで文法や音の崩し方がそれぞれ違う。
シリア方言では未来形と現在進行形が同じ表現になる一方で
エジプト方言にはきちんと未来形があったりする。
シリア方言ではとても丁寧な言葉が、
モロッコ方言では口にしてはいけない言葉になったり。
エジプト方言ではj音をg音で発音するけれど、
湾岸方言ではq音をgもしくはgh音で発音します。

という訳で、
アラビア語話者を通訳に採る時には
出身や方言も気にしてあげてくださいねー!
というお話でした。オチなしでおしまい。

2009年11月4日水曜日

暇なの?趣味なの?文化なの??

私が通っていた、西岸のビールゼイト大学。


丘のてっぺんにあるこのキャンパスに集う
各学部の学生たちは、
休み時間ともなると、通路のへりに鈴なりになって座ります。

韓国人や日本人を見るたびに沿道から
「チンチャンチョーン」と言ってからかってくる男が
うざいったらありゃしません。

が、しかし、このアホな彼らが必ずしも学生かといえば
実はそうでもなかったりします。



例えば、私の隣人アシュラフ(当時24歳)。
パレスチナ警察で働いて食いつなぐ高卒のこの男、
たまに用もないのに大学をほっつき歩いています。


アシュラフ:「よーミミ。元気か。勉強はどうだ。
        ちゃんとやってるか?」


……余計なお世話です。
ちなみに「ミミ」とは私の愛称らしいです。




アシュラフは友人の男と腕を組んで、
構内を行ったり来たりします。

何分も何分も、
同じところを行っては戻り、戻っては進み。
一体何を考えてそんなことを……。



ま、しょうがないよね。
なんたって、パレスチナだもん。
公務員はもう半年(2006年9月当時)もお給料下りてないし、
仕事はなかなか見つからないもん。
大卒だってコネがなきゃ見つからないんだから。
暇をもてあましちゃうよね。




と思っていましたが、




同じ光景をシリアでも目にした私。



それは2009年春、
ダマスカス空港に朝2時に到着し、
夜が明ける6時までバスを待っていた時のこと。




腕を組んだ20代から40代の男どもが何組か、
だだっぴろい空港のロビーを歩く歩く。

煌々と明かりがついたロビーの中、
何もない空間に向かって二人組で一方向に突進し、くるっとUターン。
また歩いて戻りながら真面目な顔で何か話しこんでいる。

腕を組んだ男がもしょもしょ話してる光景は
何だか深刻な様子に見えますが、
聞こえてくる言葉は


「お前、だから言っただろ。俺はこう言ってやったんだよ、
 分かるか? ほら、…」

「あぁ、それは分かってるけど…」


みたいな、
あれこれそれどれを駆使した他愛もない話にも取れます。
でもスーツケースを引くでもない、普段着の男どもが
朝4時に空港を歩き回っているのって変なの。




という訳で、
この無駄に歩き回って話し込む姿は
どのアラブ諸国に行っても見られるものなのか、
ちょっと気になります。
シリアも最近失業率が上がっているそうなので、
無駄に歩き回るのが流行ってるのかしら。





ちなみにシチリア出身の我が相方も
電話をしている時はあっちこっち行ったり来たりします。



シチリアでも、皆ビーチを行ったり来たりするらしい。
地中海性の習慣なのかなぁ。

2009年11月1日日曜日

婚約します!という時は

西岸地区ジェラゾン難民キャンプの友達ムシーラが
婚約した2007年6月のこと。



「婚約式するから、来てね!」と言われ、
カメラ持参で並木は隣村ジェラゾンを訪問しました。



そもそも男女関係というものは、
パレスチナ的慣習と日本でずいぶん異なっていると
私は思います。



日本では例えば、

並木がペッペを学食で逆ナン

家に転がり込んで事実上の同棲を始める

相手が真面目だったため、両親にも挨拶

公然と同棲、婚約状態
というプロセスを取ってもOKな家庭もアリですが、



ムシーラが説明してくれることには、
パレスチナではこんな感じ。



「まず、両親が『そろそろ結婚しなきゃ』って言うでしょ。  
そしたらツテを辿って、
 
良さそうな男性を両親が見つけてくるの。

 
それから実際に家族ぐるみで会ってみて、
 
金銭的にも性格的にも良さそうだったらまず婚約よ。
 
婚約式では盛大なパーティーをして、女の子は金の装飾具をもらうの。
 
それから、デートを始めるのよね。
 
どれだけ通ってくれるか、私の両親に対しての振る舞いはどうか…
 
とか、きちんとチェックするの。
 
期間は人によってそれぞれかな。
 

それで、良かったらそのまま結婚式。
 
ダメだったら指輪を返して
 『バイバーイ』よ。(笑)」




バイバーイ、もアリだったんですね(笑)。

彼女は婚約しましたが、
2ヶ月後に再度訪ねてみたら
「あんまり私の親に優しくなかったから、
指輪返したわ。
 バイバーイ、よ」 と笑っていました。

いつか、ママやパパにも優しくて、
あなたに仕事を続けさせてくれる男性がきっと見つかるよ、
ムシーラ。





別の女友達ズィクラヤートは18歳で婚約。

相手はパン屋で働いている20代後半の男性で、
毎日彼が仕事帰りに会いに来ていました。
「大学を出たら結婚するわ」とのこと。

デートと言っても、車の中で少し二人きりになる位。
遠くまで二人でお出かけ、というのはダメなんだそうです。

彼の運転する車を彼女の家の前に停めてもらい、
「マイ、ちょっと先に行っててね」と言ったズィクラヤートは

声色も表情も、
いつもの男勝りな18歳ではなく、
なんだか大人びた女性のようでした。

こうやって、ロマンスを楽しんでいるんだなぁ。
今頃は彼女も結婚の準備をしているかも。






2009年9月、エルサレムで出会ったバッセム。
私達の乗るミニバスを運転していた彼は、
運転中、しょっちゅう甘い声で電話をしていました。



並木:「ひょっとして、彼女~?(ニヤニヤ)」
バッセム:「あぁ、実は婚約したてでね(笑)」



よく見れば、薬指には銀色の指輪。



バッセム:「隣にアラビア語を喋る日本人の女の子がいるよ、
       って言ったら嫉妬してるんだ、あいつ(笑)」



並木:「謝っといてね(笑)。
    今日も仕事帰りに会うの?」


バッセム:「いや、一昨日会った」


並木:「毎日会わないの?」


バッセム:「何ていうか~…
      だって、毎日会ったら、
      こうやって嫉妬してくれなくなるだろ(笑)。
      今がきっと一番いい時期なんだから、

      距離は適度に取るんだよ」





うーん、戦略あり。
とはいえよく道を間違えたバッセム、
きっと今日も適度にボケつつミニバスを運転していることでしょう。






さて、ムシーラの婚約式から写真を。


娘に祝福のキス。


おめかしして踊る女の子たち。




男たちは外でコーヒーを飲む。


音楽を流すDJ役のお兄ちゃん。